2026. 6. 19 現場に届かなければ「ゼロ」と同じ~熱中症対策の盲点を突く~

熱中症 「対策なし」と労働者が申告 法令遵守へ注意喚起(労働新聞)
https://www.rodo.co.jp/news/220887

「うちの会社は大丈夫。マニュアルは完璧だし、事務所の目立つところに掲示もしてあるから」

もし、経営者のあなたがそう思っているとしたら、少しだけ立ち止まって考えてみてください。

その「完璧な備え」は、現場で一人、汗を流して働くスタッフの方にも届いていますか?

2026年6月18日、労働新聞が報じたあるニュースが、全国の経営者に大きな警鐘を鳴らしました。

労働基準監督署が、ある事業場に対して「指導票」を交付したという事例です。

驚くべきは、その事業場が決して対策を怠っていたわけではないという事実です。

むしろ、企業としては非常に手厚い準備をしていました。

それでもなお、現場のスタッフから「対策がされていない」という申告がなされ、行政指導を受けるに至ったのです。

本格的な夏を前に、今、経営者が本当に向き合うべき「法令遵守のハードル」とは何なのでしょうか。

本稿では、この事例を分析し、明日からできる「実効性のある熱中症対策」を解説します。

1. なぜ「掲示」が届かなかったのか?「直行直帰」という死角

今回指導を受けた事業場では、以下の多岐にわたる対策が講じられていました。

  • 塩飴・アイスの配布
  • パウチ飲料の準備
  • 製氷機やスポットクーラーの設置
  • 熱中症発生時の対応フローを営業所に掲示
  • 暑さ指数(WBGT)の測定

これだけの準備をしていても、「対策なし」と判断されてしまった最大の理由は、申告したスタッフが「直行直帰」の形態で働いており、ほとんど営業所に立ち寄る機会がなかったため、会社が講じている対策を全く知らなかったことにあります 。

経営側が「制度を作った」「道具を揃えた」と満足していても、それが現場の最前線で働く一人ひとりの目に触れ、心に届いていなければ、法的には「周知徹底がなされていない」と判断されるリスクがあるのです 。

制度を作ることは、スタッフに寄り添い守ることなのです。

「掲示しているから大丈夫」という考え方は、今や過去のものです。

現場に情報が届かなければ、それは存在しないのと同じことなのです。

2. 「周知」を「実効性」に変えるためのチェックポイント

令和7年6月施行の改正労働安全衛生規則により、熱中症の恐れがある現場において、事業者は以下の3つのアクションが義務付けられています。

  1. 報告体制の整備(体調不良者を早期に発見し、報告するルートを確立する)
  2. 重篤化を防ぐ手順の作成(万が一の際、誰がどのように応急処置をし、救急搬送するかを決めておく)
  3. 関係労働者への周知(上記の内容を作業者全員に知らせる)

今回の事例は、まさにこの「3.周知」の詰めが甘かったために発生した事態といえます。

「スタッフが実際にその内容を認識し、活用できる状態にあるか」が命を守る基本となります。

個人の行動にまかせるのではなく、会社としてシステムの構築が必要です。

経営者の方に今すぐ確認していただきたい、実効性を高めるポイントを3つ整理します。

「現場」に情報を届ける工夫

営業所に掲示するだけでは不十分です。

指導を受けた会社は改善策として、直行直帰のスタッフでも必ず目にする「車両や機材へのフロー掲示」を行いました。

また、デジタルツールを活用し、環境省の「熱中症警戒アラート」を社内のSNSやチャットで共有するのも有効です。

外国人スタッフがいる場合は、多言語リーフレットを活用し、母国語で理解を促すことも義務の一環です。

暑さ指数(WBGT)の「自分ごと化」

WBGTは気温だけでなく、湿度や輻射熱を考慮した指標です。

予報を確認するだけでなく、現場でWBGT指数計を用いて「自分たちの作業場所」の数値を測定し、全員にその日のリスクを具体的に伝えましょう 。

また、荷物の運搬など、作業強度が上がるほどリスクは高まります。

例示表を活用し、作業内容に応じた適切な休憩時間を設定してください 。

「いつもと違う」を見逃さない体制

熱中症は、専門知識がなくても「あの人、ちょっと変だ」という周囲の気づきで重篤化を防げます 。

単独作業を避け、ペアで互いの体調(顔色、汗のかき方、言動の異変)を確認し合うよう指導を徹底しましょう 。

また、「イライラしている」「生返事」「足元がフラフラする」といったサインが熱中症の初期症状であることを全員で共有してください 。

3. 経営者が注視すべき「個人の健康管理」というリスク

熱中症の発症には、現場の環境だけでなく、スタッフの私生活や健康状態が大きく関与します 。

どこまで踏み込むべきか、経営者の判断が問われます。

  • 前日の生活習慣:深酒や睡眠不足は、翌日の熱中症リスクを劇的に高めます。朝礼時に「よく眠れたか」「朝食は食べたか」を短く確認するだけでも抑止力になります 。
  • 高年齢・持病への配慮:高齢者は水分が少なく、暑さを感じにくい傾向があります。また、特定の薬を服用しているスタッフへの配慮も欠かせません 。
  • 暑熱順化(暑さへの慣れ):体が暑さに慣れるまでの数日間は、特に災害が多発します。急に暑くなる時期には、作業負担を軽減するなどの調整が必要です 。

まとめ:対策は「経営戦略」である

熱中症による休業災害が発生すれば、現場の工期が遅れるだけでなく、労働局のパトロール強化や、最悪の場合は送検・企業名の公表という甚大なレピュテーションリスクを負うことになります 。

「対策をしているつもり」の会社と、「労働者に伝わっている」会社の間には、行政指導という大きな壁が存在します 。

今一度、貴社の熱中症対策マニュアルを確認してください。

それは棚に眠っていませんか?

営業所の壁の一部になっていませんか?

現場で汗を流す労働者の手元に、その情報は届いていますか?

「周知徹底」とは、命を守るためのコミュニケーションです。

この夏を無事故で乗り切るために、経営者自らが現場に立ち、対策の浸透を確認すること。

それこそが今、最も求められている経営判断です 。

皆さまの現場では、直行直帰のスタッフの方を含め、熱中症対策の「周知」のためにどのような工夫をされていますか?

ぜひ一度、現場の声を聞いてみてください。

参考資料: